ベクトル空間とその台集合を、記号の乱用でどちらも $`V`$ と書く。スカラーのゼロとベクトルのゼロを混同しないように、ベクトルのゼロは太字で $`\newcommand{\Z}{\mathbf{0}}\Z`$ と書く。
次を示したい。
$`\quad \forall x\in V.\, 0\cdot x = \Z`$
準備
- 補題1: $`\forall x\in V.\, 0\cdot x + x = x`$
- 補題2: $`\forall x, y\in V.\, 0\cdot x + (x + y) = (x +y)`$
補題1の証明〈計算〉
$`\quad 0\cdot x + x\\
= 0\cdot x + 1\cdot x\\
= (0 + 1)\cdot x\\
= 1\cdot x \\
= x
`$
よって、補題1 は成立する。
補題1の $`x`$ のところに $`(x + y)`$ を代入した次は成立する。
$`\quad \forall x, y\in V.\, 0\cdot (x + y) + (x + y) = (x +y)`$
次の計算は合理的である。
$`\quad 0\cdot (x + y) + (x + y)\\
= 0\cdot x + 0\cdot y + (x + y)\\
= 0\cdot x + x + (0\cdot y + y)\\
\downarrow \text{ (補題1) }\; 0\cdot y + y = y\\
= 0\cdot x + x + y\\
= 0\cdot x + (x + y)
`$
これらから次が成立する。
$`\quad \forall x, y\in V.\\
\qquad 0\cdot (x + y) + (x + y) = (x +y)\\
\qquad \land\\
\qquad 0\cdot (x + y) + (x + y) = 0\cdot x + (x + y)
`$
したがって、
$`\quad 0\cdot x + (x + y) = (x + y)`$
補題2が成立することがわかった。
本チャン
ゼロベクトルは次のように特徴付けられる。
$`\quad z = \Z \iff \forall w\in V.\, z + w = w`$
したがって、目的の命題は次のように書き換えてもよい。
$`\quad \forall x\in V. \forall w\in V.\, 0\cdot x + w = w`$
任意に与えられた $`x, w\in V`$ に対して、$`y\in V`$ を次のように決める。
$`\quad y := w - x`$
すると、
$`\quad w = x + y`$
補題2から、任意の $`x, y\in V`$ に対して、
$`\quad 0\cdot x + (x + y) = (x + y)`$
は分かっているので、$`w = x + y`$ により、
$`\quad 0\cdot x + w = w`$
も成立する。
目的の命題は証明された。
所感
最初の思い付き「$`0\cdot x + x = x`$ をいじれば何とかなるだろう」を押し通した。別な発想で、もっと短くて小洒落た証明があるかも知れない。