順序のアルキメデス性

考えるてみること:

  1. 命題を支えている前提
  2. その前提を弱めてみる
  3. 命題(性質)の肯定的例(正例)と否定的例(反例)

内容:

定義と否定的例

実数がアルキメデス的であることは次のように書ける。

$`\quad
\forall a, b\in {\bf R}. a \gt 0 \implies \exists n\in {\bf N}. na \gt b
`$

「アルキメデス的である」という性質が意味を持つには、次のような前提がある。

  • 順序が定義されている。そうでないと $`\gt`$ が意味を持たない。
  • 特別な要素 $`0`$ が決まっている。
  • 掛け算が定義されている。$`na`$ は掛け算。
  • 自然数を部分集合として含む。

実数体に限らず、$`{\bf N}\subseteq R`$ となるような順序可換環 $`R`$ ならアルキメデス性〈
the Archimedean property〉は意味を持つ。例えば、$`R = {\bf Z}`$ でも「アルキメデス的である」という命題は意味を持ち、真になる。

順序可換環 $`R`$ の“正の部分”だけに注目して、

$`\quad S := \{x\in R \mid x \gt 0\}`$

と置くと、アルキメデス性は:

$`\quad
\forall a, b\in S. \exists n\in {\bf N}. na \gt b
`$

$`na`$ の定義に「自然数との掛け算」が必須ではなくて、次のように定義できる。

$`\quad na = n\cdot a:= a + \cdots + a \:(n \text{ times})`$

したがって、順序可換半群(単位元は積極的に除く)に対してアルキメデス性は定義できる。$`{\bf N}_+`$ は正自然数(ゼロは除外)の集合、 $`S = (S, \le +)`$ は順序可換半群として:

$`\quad
\forall a, b\in S. \exists n\in {\bf N}_+. n\cdot a \gt b
`$

アルキメデス性を持つ順序可換半群の例は知っていると思うので、アルキメデス性を持たない順序可換半群を探してみる。

例1 無限大追加の正自然数

$`\overline{{\bf N}_+} := {\bf N}_+\cup\{\infty\}`$ と置いて、順序は
$`\quad \forall n\in {\bf N}_+. n \lt \infty`$
が成立するように決める。足し算は、
$`\quad \forall n\in {\bf N}_+. n + \infty = \infty + n = \infty`$
が成立するように決める($`\infty + \infty = \infty`$)。

この順序と二項演算で $`\overline{{\bf N}_+}`$ は順序可換半群になるが、アルキメデス性は持たない。

例2 正自然数の直積

$`{\bf N}_+ \times {\bf N}_+`$ に、順序と足し算を次のように決める。

$`n, m, n', m'\in {\bf N}_+\\
\quad (n, m) \le (n', m') :\iff n \le n' \land m \le m'\\
\quad (n, m) + (n', m') := (n + n', m + m')
`$

この順序と二項演算で $`{\bf N}_+\times {\bf N}_+`$ は順序可換半群になるが、アルキメデス性は持たない。

例3 正自然数の掛け算

順序可換半群は抽象的な構造定義なので、順序が大小順序、二項演算が足し算である必要はない。

自然数の約数倍数順序を $`\sqsubseteq`$ 、掛け算を $`*`$ とすると、$`({\bf N}_+, \sqsubseteq, *)`$ は順序可換半群となる。これはアルキメデス性を持たない。

例4 三元の順序可換半群

$`S = \{a, b, c\}`$ として、順序は $`a \lt c, b\lt c`$ として定義する($`c`$ が最大元)。二項演算 $`*`$ は次のように定義する。

* a b c
a a c c
b c b c
c c c c

この定義が順序可換半群を定義するのは確認できる。$`S = \{a, b, c\}`$ (上の可換半群構造)はアルキメデス性を持たない。

解釈

定義・定理の前提の確認、肯定的例/否定的例などから、その定義・定理の意味・意義・射程などを解釈できるようになる。アルキメデス性という性質について解釈してみる。$`\newcommand{\mrm}[1]{\mathrm{#1}}`$

言葉・記法の約束: 二項演算 $`\mrm{op}`$ に対して、

$`\quad x^{\mrm{op}\,1} := x\\
\quad x^{\mrm{op}\,2} := \mrm{op}(x, x)\\
\quad x^{\mrm{op}\,3} := \mrm{op}(\mrm{op}(x, x), x)\\
\quad x^{\mrm{op}\,4} := \mrm{op}(\mrm{op}(\mrm{op}(x, x), x), x)\\
\quad \cdots
`$

と定義して、二項演算の繰り返し適用と呼ぶことにする。累乗は、乗法(と呼ばれる二項演算)の繰り返し適用、乗法が明らかなら右肩の $`\mrm{op}`$ は省略する。$`x^{+\, n}`$ は通常 $`n\cdot x`$ と書く。

アルキメデス性は、順序と二項演算を持つ構造に関する性質で、自然言語で言えば次の意味を持つ。

  • 任意の要素を取って、その要素に対して二項演算を繰り返し適用すると、いつか他のどんな要素をも“超える”ことができる。
  • x が b を“超える”とは $`x \gt b`$ のこと。

アルキメデス性の否定を取ると:

$`\quad \lnot (\forall a, b \in S.\exists n\in {\bf N}_+. a^{\mrm{op}\, n} \gt b )\\
\equiv \exists a, b \in S.\lnot (\exists n\in {\bf N}_+. a^{\mrm{op}\, n} \gt b )\\
\equiv \exists a, b \in S. \forall n\in {\bf N}_+. \lnot( a^{\mrm{op}\, n} \gt b )
`$

アルキメデス性の否定を自然言語で表現すれば:

  • とある要素には、いくら二項演算を繰り返し適用しても、超えられない要素が存在する。
例1から分かること

例1は全順序〈線形順序〉である。$`x\in {\bf N}_+`$ に足し算をいくら繰り返し適用しても、$`\infty`$ は“その先”にある。一方向の順序でも、“はるか彼方”に要素があると、それを繰り返し適用で超えることは出来ない。

例2から分かること

例2は全順序〈線形順序〉ではない。いわば多方向の順序。二項演算を繰り返し適用して先に進んでも、違う方向に居る要素を超えることは出来ない。

例3から分かること

例3もある種の“多方向の順序”。自然数の素因数分解を考えると、素数のぶんだけ方向があると考えられる。掛け算を繰り返し適用しても素因数は増えないので、他の素因数を含む自然数を超える(約数にする)ことは出来ない。

例4から分かること

例4の二項演算はベキ等〈idempotent〉。$`x^{\mrm{op}\, n} = x`$ が成立する。つまり、繰り返し適用しても何も変わらない。繰り返し適用が非力過ぎる。こんな非力な繰り返し適用を使っても、他の要素を超えられるわけがない。

余談

論理式より自然言語のほうが分かりやすく感じるのは、感情表現を使えるからだろう。ここで使っている

  • いつか ‥‥ 出来る
  • いくら ‥‥ しても
  • はるか彼方
  • いわば多方向
  • 非力過ぎる
  • わけがない

なんかは論理式に反映できない表現。オリジナルの(実数に関する)アルキメデス性も感情表現で書ける。

  • いくら小さな正実数 $`a`$ であっても、十分に大きな自然数 $`n`$ をうまく取れば、どんなに大きな実数 $`b`$ に対しても、$`na \gt b`$ と出来る。